新発田市:一覧 |
長徳寺 |
 概要: 創建は天正13年、関根慶順が開基したのが始まり、。赤穂47士の1人堀部安兵衛の生家である中山家の菩提寺。境内には赤穂義士47体の木像が収められている義士堂と安兵衛が手植えしたと伝わる石台松があります。
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月岡温泉 |
 概要: 開湯は大正4年、石油会社が掘削したところ、原油では無く温泉が湧き出ました。温泉の湧出量が豊富で泉質が極めて良好だった事から新潟県を代表する温泉街に発展しました。「磐越三美人湯」の1つに数えられています。
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旧県知事公舎 |
 概要: 明治42年に新潟県知事公舎として新潟市営所通に建てられました。現存する旧知事公舎の中で国内最古のものとされ昭和63年に現在地に移築。建築は公務を行う洋風建築部分と私邸の和風建築に玄関を境に分かれています。
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諏訪神社 |
 概要: 諏訪神社の創建は大化4年に諏訪山に勧請したのが始まり。当時、渟足、磐舟柵に信州の人々が関わったとされ、両柵の中心近くの霊地が鎮座地になりました。江戸時代に入ると新発田藩主溝口家の崇敬社となり庇護されました。
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新発田城 |
 概要: 新発田城は築城年は不詳ですが新発田氏が築いたの始まりとされます。天正9年の新発田重家の乱では主戦場となり、天正15年に落城。江戸時代は新発田藩の藩庁。二の丸隅櫓と本丸表門は国指定重要文化財に指定。
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五十公野御茶屋 |
 概要: 五十公野御茶屋は溝口秀勝が新発田入封の際新発田城の完成まで仮住まいした場所で、三代目新発田藩主宣直の時に別邸を造営し、四代目重雄の時に県宗知を江戸から呼び寄せ庭園の作庭をしました。国指定名勝。 |
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大友稲荷神社 |
 概要: 創建は建長年間に周辺の領主だった大友実秀が祈願寺である東泉寺の鎮守社として京都にある伏見稲荷神社の分霊を勧請したのが始まり。家内安全、商売繁盛、諸願成就に御利益。境内には奉納された鳥居や小祠、石祠。
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宝光寺 |
 概要: 創建は溝口家が加賀の領主だった頃仏国寺の住職雷堂和尚が開山。溝口秀勝が死去すると法名から浄見寺と改称し、さらに宝光寺に改称。歴代新発田藩主溝口家の菩提寺。山門は新発田市指定文化財に指定されています。
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福勝寺 |
 概要: 創建は応永元年に雲洞庵の住職悦叟和尚が開山。天正15年に新発田重家が死去すると当寺の開基、菩提寺となり境内には重家の御霊屋(佐々木堂:重家の木像や肖像画が安置)や重家の墓碑などが建立されています。
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菅谷不動尊 |
 概要: 創建は文治元年に源頼朝の叔父にあたる護念慈応上人が開基したと伝えられています。本尊の不動尊像は印度の仏師ビシュカツマの作、日本三大不動尊の一つ。特に眼病に御利益があるとして広く信仰を集めています。
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旧足軽長屋 |
 概要:江戸時代後期(天保13年(1842)の棟札が見つかっています。)に建てられた下級武士の住宅で、桁行き24間、梁間3.5間を8戸に区切っています。下級武士の生活が偲ばれる遺構として国指定重要文化財に指定されています。
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宝積寺 |
 概要:創建は承和13年に開山したと伝えられる古寺。文明2年、当地域の領主だったと思われる竹俣季綱が徳嶽宗欽を招聘し再興、宗派を曹洞宗に改宗し歴代竹俣家の菩提寺としました。境内の一角には歴代竹俣家の供養塔があります。
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法音寺 |
 概要:創建は天平7年、聖武天皇の勅願により行基菩薩と波羅門僧正が開山し、弘法大師空海が、宗派を真言宗に改宗。嘉承元年に城永基が再興、領内三ヶ寺として寺運が隆盛。中世は加地氏の総菩提所、祈願所として庇護。
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古四王神社 |
 概要:古四王神社は四道将軍の1人大毘古命が祀られている神社です。本地仏として毘沙門天が祀られていた事から北方鎮護、北方の守護神として信仰されてきました。江戸時代には紀行家として知られる菅江真澄も訪れています。
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藤戸神社 |
 概要:藤戸神社が何時頃から祀られているのかは判りませんが、一説には平安時代に成立した延喜式神名帳に記載されている美久理神社は当社の事とされます。又、社伝によると佐々木盛綱によって創建されたと伝えられています。
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