春日山城

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春日山城・歴史・観光・見所
春日山城概要: 全景春日山城は永徳元年(1381)に時の越後守護代長尾高景が築いたのが始まりとされます。南北朝時代には越後国守護だった上杉氏の居城である府中の館の詰め城として機能していたようです。その後、永正4年(1507)に越後国の実権を握った長尾為景、晴景、上杉謙信(長尾景虎)、上杉景勝の四代の居城となりその都度増改築されました。特に謙信の代に大幅な普請が行われたとされ春日山城は難攻不落の城とうたわれました。景勝の代に配置替えとなり居城を鶴ヶ城会津若松市)に移すと春日山城には堀秀治が城主として入ります。しかし、春日山城は中世の山城として戦略的には難攻不落を誇りましたが行政的に使い勝手が悪く、堀忠俊の代に直江津港付近に福島城を築き春日山城は廃城となります。現在も郭や土塁、空堀などの遺構が数多く残り昭和10年(1935)に国指定史跡に指定されています。又、周囲には上杉謙信の菩提寺だった林泉寺や崇敬社である春日山神社などの史跡が点在しています。春日山城は観音寺城滋賀県近江八幡市)・小谷城滋賀県長浜市)・七尾城石川県七尾市)・月山富田城島根県安来市)と共に日本五大山城の一つに数えられ、平成18年に日本100名城に選定されています。

 

春日山城の案内板
「 頸城平野の西北に位置する春日山上にあって、上杉輝虎(謙信)の居城地であった。本丸を構え、二の丸、三の丸をその下に配し、古絵図土塁濠を重ねて此隣に勢威を示した。頂上は蜂ヶ峰と称し、眺望に富み附近の属城を充分に監視することが出来た。本丸址の後方、一段低い所に大井戸があって夏でも水の枯れることがなく、その北方に毘沙門丸及び御花畑があった。また西方には鐘楼堂や景勝屋敷址等があって、南方の二の丸三の丸方面には家臣の屋敷址があった。規模は極めて雄大である。 文部省 」

春日山城
上杉謙信像
上杉謙信像
千貫門跡
千貫門跡
塹壕跡
塹壕跡
虎口跡
虎口跡
直江屋敷跡
直江屋敷跡
毘沙門堂
毘沙門堂
諏訪堂跡
諏訪堂跡
護摩堂跡
護摩堂跡
本丸跡
本丸跡
天守閣跡
天守閣跡
二の丸屋敷跡
二の丸屋敷跡
縦堀跡
縦堀跡
三の丸屋敷跡
三の丸屋敷跡
監物堀跡
監物堀跡
楼門跡
楼門跡
城内
城内
掘立柱建物
掘立柱建物
東城砦
東城砦
林泉寺:移築城門
林泉寺:移築城門
林泉寺:謙信公墓碑
林泉寺:謙信公墓碑
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