小千谷市・魚沼神社(阿弥陀堂)

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【 概 要 】−魚沼神社の創建は崇神天皇の時代に勧請されたと伝えられている古社で祭神が天香語山命と彌彦神社(弥彦村)と同じ事から上彌彦神社と称していました(現在でも扁額に彌彦大明神と書かれています。)。延喜式神名帳に記載される式内社魚沼神社とされますが、確証がなく南魚沼郡湯沢町神立に鎮座する魚沼神社、南魚沼市大倉に鎮座する坂本神社、南魚沼市大宮に鎮座する坂本神社、南魚沼市八幡に鎮座する八幡神社、小千谷市桜町に鎮座する伊米神社と共に論社となっています。南北朝の動乱で社殿も焼失一時衰退しましたが、戦国時代後期になると春日山城新潟県上越市)の城主上杉謙信の庇護により再興され、永禄5年(1562)には社領の寄進、永禄12年(1569)には戦勝祈願として大般若経400巻余(至徳年間〜応永年間)を奉納しています。大般若経は上杉謙信が越中侵攻した際に、現在の長岡神社(七社明神:富山県小矢部市に鎮座)から奪い取ったものとされ、当時の越中国内の地名が数多く散見され中世の資料として貴重なものとされます。魚沼神社は江戸時代に入ると徳川家の庇護となり正保元年(1644)には社領20石の寄進を受け3代将軍徳川家光以下8通の朱印状が残されています。明治時代以前は別当寺であった池源寺(慈眼寺)神仏混合しており、現在でも魚沼神社の境内には山門や阿弥陀堂(永禄6年造、三間四面、宝形造り、茅葺−国指定重要文化財)などが残され阿弥陀三尊像が安置されています。

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魚沼神社(小千谷市):周辺の見所

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